歴史年表

西暦和暦(元号)出来事
元々、蜂ヶ嶺(春日山)山上に五十帯日子王が住み、子孫を春日山氏と称し王を祀ったのが春日社、山上にあったとされる(神祇資料)。
958年天徳 2年蜂ヶ嶺(春日山)山上に春日社を建立(国司 藤原為信)。
1363年貞冶年間越後国守護 上杉憲栄、蜂ヶ嶺(春日山)に砦を築く(謙信より7代前)。
本丸にあった春日社を山上の西北に遷座。
1381年永徳年間越後守護代 長尾高景(謙信より6代前)砦(城)を増築する時、城の鎮守神として春日社を北東の現在地に遷座。正式な門(魯門)があり、鬼門鎮護の神として蜂ヶ嶺(春日山)の総鎮守の神として祀った。以後、蜂ヶ嶺を神社名から春日山と称した。
1530年享録 3年謙信誕生(長尾為景8男)。
1536年天文 5年謙信、林泉寺で天室光育に学ぶ。【7歳
1548年天文17年春日山城主となる。【19歳
1552年天文21年関東管領上杉憲政、謙信を頼り越後に来る。【23歳
1553年天文22年信州村上義清等の助けに応じて川中島に出陣(第1回目)。【24歳
謙信上洛す。後奈良天皇に拝謁(1回目)。【24歳
1555年弘冶元年(上杉景勝誕生)【26歳
1556年弘冶 2年出家を志し高野山に向かうも、関山権現にて断念する。【27歳
1559年永禄 2年謙信上洛す。正親町天皇に拝謁(2回目)。【30歳
足利義輝将軍に条書を提出して忠節を誓う。【30歳
1561年永禄 4年謙信、鎌倉の鶴岡八幡宮にて関東管領上杉憲政より関東管領職を譲られ、正式に上杉政虎と改名。【32歳
武田信玄と川中島八幡平にて戦う(第4回目)。【32歳
1568年永禄11年謙信、景勝(13歳)に自筆の習字手本「いろは」を書く。【39歳
1570年元亀元年法号を謙信とする。【41歳
1573年天正元年武田信玄、逝去(53歳)。【44歳
1577年天正 5年能登七尾城 攻略。【48歳
1578年天正 6年謙信、逝去。【49歳
3月9日 発病、13日 逝去、15日 大乗寺の長海を導師として葬儀。墓は山頂の不識院。
「御舘の乱」始まる。景勝、景虎の家督争い。
1579年天正 7年景虎、鮫ヶ尾城にて自害。景勝が春日山城主となる。【景勝 24歳
(上杉景勝が約20年間春日山城主になる)